【コラム】湯屋と呼ばれて2017

2001年にスタジオジブリの「千と千尋の神隠し」が公開されて以降、金具屋の建物がそのモデルではないか?という問い合わせをたくさんいただきます。この記事を書いている2017年になってもなおそのような話題は多く、あらためて千と千尋のすごさを感じています。


事実だけ申し上げますと、千と千尋の制作の為に監督やスタッフの方が金具屋に訪れたということはありません(スタッフさんがこっそり来たらわかりませんが)。基本的に宮崎監督の映画の場合はほとんどロケハンはせずご自身の記憶と深い知識と半径3m以内のものにより作り上げられるそうです(※例外アリ)。

さてではなぜ、金具屋の建物が千と千尋の湯屋に似ているといわれているのか少し考えてみたいと思います。


よく似ているといわれるのが木造四階建ての「斉月楼」と巨大な木造宴会場「大広間」ですが、この二つは昭和11年に完成した建物です。大正から昭和の初期という時代は、デモクラシーによってそれまでになかった庶民発信の文化が花開いた時代。それまでの伝統やしきたりなどは構わず金をかければどんなものでもつくることができた時代です。


特に建築については、それまでの日本の建築と明治時代に入ってきた西洋の建築が組み合わさった「擬洋風建築」というものが多くつくられるようになりました。同じ幅のまま高層になっている斉月楼や130畳柱無しの空間を持った金具屋の大広間、これらは昔の純粋な日本の建築方法ではなかなか実現できなかったものです。さらには壁を赤く塗り、とにかく細工を詰め込む。ワビやサビなどとは程遠い、けばけばしく派手でゴテゴテとした建築が金具屋の特徴です。



同じ時代に建ったもので有名なものは、目黒の雅叙園さんや富士屋ホテルさんの花御殿。やはり和洋を混合させた他にはない建築です。これらの要素が、千と千尋の『ハイカラな魔女』湯婆婆の経営する湯宿にふさわしかったのかもしれません。やはり作中に登場する湯屋にも多くの「擬洋風建築」の特徴を見ることができます。


その中で、「同じ幅(寸胴)で立ち上がる大屋根つきの高層建築」や「柱無しの宴会場」が金具屋の建築が似ているといわれる大きな点となっています。


一方、金具屋のこの建物をつくると決めたのは六代目だったのですが、彼は大変なワンマンで、斉月楼や大広間をつくりにあたって宮大工をたくさん連れて日本中をまわり、とにかく立派で豪華なものをつくろうとしました。全国各地の名建築をとにかくいろいろ真似をしたため、寄せ集めのような建物になっていった。そのアプローチも、もしかしたら似ていたのかもしれません。

千と千尋で「あちらの世界」に出てくるものは、現在の日本ではほとんどなくなってしまったものであるというのに気づきましたでしょうか。川の神様も八百万の神様も、石炭のボイラーや従業員の生活風景もそうです。かつて日本に存在してた、しかし現在ではほとんどなくなってしまった昭和初期の旅館建築もそのひとつとして登場している……建築に非常に詳しい宮崎監督ですからその意味合いを込めている可能性はありそうです。(※湯宿の文化もものすごくよく描かれているので、ぜひまた千と千尋をご覧の際は従業員の服装ややっていることにも注意して見てみてください。それも、かつて日本に間違いなくあったものです。ホントよくできています。)


というわけで、長文になりましたがまとまらない話で申し訳ありません。

あちらの世界だけのものにならぬよう、これからも金具屋の建築を現実でお楽しみいただけるようがんばってまいりますので、みなさまどうぞよろしくお願いいたします。


金具屋 九代目 西山和樹

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